よくわかる相続の法と税務(1) (弁護士 小山治郎)

よくわかる相続の法と税務(1)

弁護士 小山 治郎

 設例1

 Aさん(被相続人)は次のような遺言をして死亡しました。

 「預金5000万円は長男Bに相続させる。次男Cは5000万円の保険金の受取人になっているので、債務2000万円については、Bとともに1000万円ずつ負担する。」

 しかしCさんは、1000万円の債務だけ負担する遺言に不満でしたので、相続放棄を考えています。法定相続人はBさんとCさんだけです。

 この設例で、Cさんが相続放棄をした場合としない場合で、相続税の課税上どのような差異が生じるか検討してみましょう。

1 相続放棄をした場合

 まず、生命保険は受取人がCさんと指定されていますので、Cさんは保険金の5000万円を取得することになり、これは遺産を構成しません。Aさんが保険料を負担していた生命保険契約の保険金は、受取人Cさんの固有の権利であり、原則として、特別受益(民法903条)にもならないとするのが判例です(平成16年10月29日最高裁判決)。したがってCさんは相続放棄をしても保険金5000万円を固有の権利として取得できます。

 次に相続税の課税価格はどうなるかを検討します。

 まず相続税の課税価格は、この場合、以下のようになります。

 本来の相続財産     預金5000万円

 みなし相続財産  生命保険金5000万円

 債務の控除額     債務2000万円 

   差引課税価格の合計   8000万円(基礎控除前)

 Aさんは、債務につき、BCが1000万円ずつ負担するようにと遺言していますが、Cさんが相続放棄をした以上Bさんは債務2000万円を全額相続することになります。確かに遺言は法定相続に優先しますが、債務については債権者の意思を無視して被相続人が処分することはできません。そして相続人は被相続人の有した権利・義務をすべて引き継ぐことになっていますので、この場合、Bさんは相続人になった以上債務全額を相続することになるのです。

 また、生命保険は前述しましたように民法上遺産を構成しませんが、被相続人の死亡を原因として取得する財産ですから、相続税法上は課税の公平・担税力

を考慮し、遺産とみなすことになっています。

2 相続を放棄しなかった場合

 この場合、相続税の課税価格は以下のようになります。

 本来の相続財産     預金5000万円

 みなし相続財産  生命保険金5000万円

 非課税財産        1000万円

 債務控除       債務2000万円

 差引課税価格の合計     7000万円(基礎控除前)

Cさんが相続放棄しなかった場合、課税価格の合計は7000万円になり、相続放棄をした場合より、1000万円少なくなります。

 相続税法では、生命保険につき、相続人1人当たり500万円の非課税限度額を認めています。すなわち非課税限度額は500万円×法定相続人の人数で、本件では1000万円となります。生命保険金5000万円のうち1000万円は非課税財産とされ、課税価格の計算上控除されるのです。

しかしCさんが相続放棄した場合、Cさんは非課税限度額を利用できないのです。この非課税限度額計算上の法定相続人の人数には相続放棄した人も含み、Cさんが相続放棄をしても非課税限度額は1000万円あるのですが、非課税限度額を利用できるのは相続人が生命保険を受けった場合です。本件では相続人でないCさんのみが生命保険金を受け取っていますので、結局、課税価格の合計の計算上、せっかくの非課税限度額を利用できないことになります。

3 結論

 Cさんが相続放棄した場合、相続放棄しなかった場合と比べ、課税価格の合計や相続税の総額は多くなります。Cさんはお父さんの遺志に反する相続放棄をしたことにより、余分な相続税を支払うことになります。お兄さん(Bさん)と仲良くやっていくことを考えたら、相続放棄は避けるべきだと思います。



投稿者 小山法律事務所 | 2013年10月25日 09:00

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