法律Q&A

Q 私は従業員20人ほどの食料品販売会社を経営しています。最近の人手不足のため派遣会社から高齢者Bさん(70歳)の派遣を受け店員として働いてもらっていました。しかし先日そのBさんが売り場で転んで脚を骨折し、現在労災保険の給付を受けて休んでいます。今後この労災事故につき当社がBさんから損害賠償請求を受けることはあるでしょうか。事故の原因は売り場の床が濡れていたためでした。

[派遣社員の労災と派遣先の責任]

<ご回答>

A Bさんは派遣元で労災保険に加入し、現在休業補償等を受けながら療養しているものと思われます。労災保険では療養補償、休業補償、そして後遺障害が認定されたときはその程度に応じて補償金が給付されます。しかし本件労災事故によるBさんの損害が労災保険で全て補填されるものではありません。Bさんの通院期間や後遺障害の程度に応じた慰謝料は、労災給付の対象になりませんし、その他の費目も十分に補填されない場合があります。そこでBさんは、労災保険給付で補填されない損害を御社に対して請求できるかを以下検討します。

労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定し、いわゆる使用者の安全配慮義務を規定しています。しかし派遣社員は派遣元との間で労働契約を締結し、派遣先との間に労働契約関係はありません。すると御社はBさんに対し安全配慮義務を負わなくてよいのでしょうか。

 労働者に対する安全配慮義務は、労働契約法5条によってはじめて認められたものではありません。昔から最高裁判所は、安全配慮義務について、広く「特別の社会的接触関係」にある当事者間における義務(最高裁昭和50年2月25日)と判示しています。ここにいう「特別の社会的接触関係」には、一方が他方を管理・監督する関係も含まれます。

 労働者派遣においては、派遣元と派遣社員との間に労働契約関係がありますが、派遣社員は派遣先の指揮命令を受ける関係にあります。したがって派遣先が派遣社員を管理・監督して労働させているのですから派遣先に派遣社員に対する安全配慮義務があるといえます。

 このように労働者派遣は、雇用関係と指揮命令関係が分離し、労働者に対する責任が曖昧になりがちですので、労働者派遣法45条は、労働安全衛生法の適用につき特例を設け、派遣元・派遣先別に、それぞれの責任を規定しています(派遣中労働者に関する派遣元・派遣先の責任分担 別紙)。これによりますと「中高年齢者等についての配慮」という項目は、両方に規定されています。

 本件で御社は、70歳という高齢のBさんに売り場を担当させているのですから、高齢者は転びやすい、思わぬ怪我をしやすい、という事実を踏まえて職場環境を整備すべきです。御社がこれを怠っていたとすると安全配慮義務違反の責任を問われ、Bさんから慰謝料等の請求をされる可能性があります。もっとも床が濡れていたことにつきBさんに過失があれば、過失相殺の対象になります。

 最近は高齢者の労災事故が増加しているようです。高齢者の安全配慮に万全を期してください。

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