Q 私はまつ毛エクステサロンを営んでいる会社の社長ですが、最近うちの会社で5年間勤務していた元従業員Aが競業会社に就職し、うちの会社の顧客に営業をかけていることが判明しました。Aは、うちの顧客カルテ(表面に顧客の連絡先、裏面にエクステの施術履歴が記載されたもの)を全部スマホで撮影していたのです。なお、私はAが退職するに当たり、3年間は同業会社に就職しないとの念書を取っています。うちの会社はAを訴えることはできるでしょうか。
<ご回答>
A まず、元従業員Aさんの行為が、念書に定めた競業避止義務違反に該当すると思われるので、これをもってAさんに対し損害賠償請求等が可能か検討します。退職した元従業員との間の競業禁止契約は、憲法が定める職業選択の自由(憲法22条1項)を制限するものですから、合理的な範囲で認められます。すなわち元従業員の職業選択の自由を不当に制限しないよう、少なくとも競業禁止の範囲が地理的・期間的に限定されたものでなくてはなりません。一般には禁止期間は2年以内であることが必要です。本念書は3年間としているので、公序良俗に反するもの(民法90条)として無効となります。したがってAさんを念書に違反するとして訴えることはできません。
次に、御社の顧客カルテが不正競争防止法2条4号の「営業秘密」に該当すれば、Aさんの行為は同法違反として刑事告訴の対象になり、又同法3条に基づきAさんの行為の差し止め請求及び同法4条に基づき損害賠償請求が可能です。そこで以下、本件顧客カルテが「営業秘密」に当たるかを検討します。
不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています(同法2条6項)。すなわち、①秘密管理性、②有用性、③非公知性、の3点が要件とされています。本件顧客カルテは、営業上の情報として②有用性は認められ、③非公知性の要件も充たすと思われますが、①秘密管理性の要件を充たすかを検討します。
秘密管理性が認められるためには、会社において客観的に秘密として管理されていることが必要であり、当該情報へのアクセスが限定されていなければなりません。また主観的にも秘密として管理する意思が必要であり、本件で言えば顧客カルテの束の上にマル秘マークをつけるなどが最低限必要です。
本件で以上の要件が満たされていれば差止請求等が可能ですが、本件と同様の事件で裁判所は「秘密管理性」を否定しています(東京地裁令和2年11月17日判決)。
営業秘密は企業の競争力の源泉ですから、この種事件が起きないよう会社は、就業規則や情報管理規程等で、秘密保持義務を規定し、その具体化として、退職者に対し顧客情報を外部に漏らさないことにつき誓約書を徴求することをお勧めします。