Q 私の会社は従業員10人程の建設会社で、主に元請会社から公共事業を下請けしています。昨年A元請会社から公共工事を受注しました。見積書には1人工2万5000円で、その他当社が負担する社会保険料である法定福利費をその15.5%計上して提出したのですが、工事進行に応じて送られてくる注文書は、法定福利費を含まないものでした。当社はやむを得ず注文請書を出したのですが、結局工事が完成した時、当社はかなりの赤字を出してしまいました。法定福利費相当額は800万円になりますが、これにつきA社に対し損害賠償請求できますか。
<ご回答>
A 貴社はA社からの注文書に対し、不本意ながらも注文請書を出したのですから工事請負契約は成立しています(以下「本契約」といいます。)。しかし建設業法19条の3は、「注文者は、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。」と規定しています。
そこで本契約は建設業法19条の3に違反するので無効であるとして、不法行為(民法709条)に基づき損害賠償請求することが考えられます。しかし建設業法は監督官庁が建設業者を取り締まるための法律であり、これに違反した場合でも、監督官庁(国交省等)は違反業者に対し、是正勧告や社名の公表等ができますが、本契約の効力には影響ありません。
次に独占禁止法2条9項5号は、自己の優越的地位を利用し、正常な商習慣に照らして不当に、取引相手に不利益を与える取引を「不公正な取引方法」としています。そして独禁法19条は不公正な取引方法を禁止し、それに違反した場合、違反者は無過失責任を負うとしています(同法25条)。しかし独禁法に基づく損害賠償請求は大型事件でないと手続上困難です(同法26条)。
そこで、独禁法19条の禁止する「不公正な取引方法」は民法90条の「公序良俗に反する」として本契約を無効と主張することが考えられます。
貴社は従業員が10人の中小企業でで、A元請会社は手広く下請会社を使っていると思われますから、A社は「自己の優越的地位を利用し」たといえます。そこでA社は、貴社が負担している法定福利費を請負原価に入れることを拒否したので、これが「公序良俗に反する」となれば、本契約は無効として、貴社は民法709条に基づき800万円の損害賠償をA社に請求できることになります。
社会保険料の納付は、我が国の社会保障制度の維持及び国家財政の観点から極めて重要な課題であり、法定福利費を請負原価に算入することを拒否するA社の行為は、社会保険料の納付を妨げることにつながり、公序良俗に反するといえます。多くの判例も「自己の優越的地位を利用し」た独占禁止法違反の取引行為を「公序良俗に反する」ものとして無効とし、損害賠償請求を認めていいます。