法律Q&A

Q 昨年、私の会社の従業員Aさんが会社からの帰宅途中に原付バイクを運転中、過重労働の疲労から路外の電柱に激突し亡くなりました。私の会社は遺族から損害賠償請求訴訟を起こされました。Aさんは死亡直前1か月の残業時間が100時間を超えていたので、上司が残業をしないよう指導・助言をしていました。またAさんの死亡は労災と認定され、遺族に労災保険が下りています。それでも会社は損害を賠償しなければならないのでしょうか。

[過重労働と通勤災害]

<ご回答>


A Aさんは会社からの帰宅中の自損事故で死亡したのですから通勤災害として遺族には労災保険が給付されます。しかし労災保険給付は、簡易迅速な解決に資するものの、労災法等で規定された金額しか補償されず、損害全額が填補されるわけではありません。例えば労災給付には慰謝料給付はありません。そこで、Aさんの遺族は、全損害のうち労災給付で不足する分につき、御社に対し損害賠償請求訴訟を提起したものです。

 使用者は労働者に対し、雇用契約上の付随義務として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務、労働契約法5条)を負っています。この安全配慮義務に違反した場合、使用者は債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条)により損害賠償責任を負うことになります。

 労災法の場合は、労働者の簡易迅速な保護の観点から使用者は無過失責任を負いますが、民法上は過失責任の法理に従いますので、使用者側に過失がなければ責任を負いません。本件で、御社はAさんに残業をしないよう指導・助言していましたが、これだけでは御社に過失がないとはいえません。労働者が月100時間を超える残業をしていたケースで、ある判例は「このような長時間労働は、それ自体労働者の心身の健康を害する危険が内在しているというべきである。......安全配慮義務を履行するためには、......単に原告に対して残業しないよう指導・助言をするだけでは十分でなく、端的に、これ以上の残業を禁止する旨を明示した強い指導・助言を行うべきであり、それでも原告が応じない場合、最終的には、業務命令として、......原告の会社構内への入館を禁じ、......原告が長時間労働をすることを防止する必要があった(大阪地裁平成20526日判決)」と判示しています。したがって御社の安全配慮義務違反は明らかで、民法上の損害賠償義務を負うことになります。

 本年41日から、中小企業についても、月60時間を超える残業に対しては超過部分につき5割増しの残業手当を労働者に支払うことになりました(労働基準法371項但し書き)が、5割増しの残業手当を支払えばいくら残業させてもよいと決して考えるべきではありません。月60時間を超える場合は、当該労働者の健康に対する高度の配慮義務が生じ、医師によるストレスチェックも検討すべきです(労働安全衛生法66条の81項参照)。

ページの先頭へ戻る