Q 私の父が3か月前に亡くなり、相続人は私、兄そして妹の3人です。父の遺産には5000万円の預金がありましたが、先日私が銀行に確認したところ、4000万円しかありませんでした。取引記録を取り寄せたところ、兄が、父の死亡直前、直後にそれぞれ500万円を勝手に引き出していることがわかりました。私と妹は兄に対し、どのような請求ができるでしょうか。
<ご回答>
A 御父上は銀行に対し5000万円の預金債権があって、亡くなられる直前に貴方のお兄さんがその内500万円を引き出したのですから、御父上が亡くなられた時、預金は4500万円になっていたことになります。すると預金としての遺産は5000万円ではなく4500万円です。このケースは相続開始前と相続開始後に分けて検討する必要があります。
⑴
相続開始前の使途不明金500万円について
お兄さんは、御父上が存命中に勝手に預金を引き出したのですから、御父上は、貴方のお兄さんに対し、不法行為に基づき損害賠償請求債権を取得します。これは可分の金銭債権ですから、その後御父上が亡くなられた時、相続分に応じて当然に分割され、遺産分割の対象になりません。そこで貴方と妹さんは、遺産分割ではなく、不法行為に基づき、お兄さんに対し、それぞれ500万円の3分の1を請求することになります。
なお平成28年12月19日の最高裁決定により、預金債権は相続分に応じて当然に分割されることはなく、遺産分割の対象とされることになりました。
⑵
相続開始後の使途不明金500万円について
この場合、お兄さんは遺産である預金債権を勝手に引き出したのですが、
その引き出された預金は遺産分割の対象になりません。遺産分割は、相続開始時に存在し、かつ、分割時にも存在する被相続人の財産が対象になるからです。
そこで貴方と妹さんは、相続開始時点に存在した遺産である預金債権に対するそれぞれの共有持分をお兄さんによって侵害されたことになりますから、お兄さん対し不法行為による損害賠償請求権を行使することができます。
しかし、民事訴訟手続きで別途損害賠償請求するには時間と費用がかりますから、平成30年の民法改正で、相続開始後遺産分割前に財産が処分された場合、共同相続人全員の同意により、当該財産が遺産分割時に存在するものとみなすことができるようになりました(民法第906条の2、第1項)。そして処分した者が共同相続人である場合、その共同相続人の同意は不要となりました(同、第2項)。したがって本件では,貴方と妹さんの同意だけで、処分された500万円が遺産分割時に存在するとみなすことができます。そして、遺産分割調停や遺産分割審判では、当該500万円はお兄さんが相続したものとして、お兄さんのその余の取り分が少なくなります。